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東京高等裁判所 昭和45年(け)20号 決定

主文

本件異議の申立は之を棄却する。

理由

本件異議の申立の理由は、右弁護人ら連名提出の「忌避簡易却下決定に対する異議申立理由書」記載のとおりであり、その要旨は、右被告人、弁護人らは、当庁(第七刑事部)に係属する前掲被告事件に付ての昭和四十五年十二月二日の第一回公判期日に於て、当日の公判手続が施行された当庁刑事第四号法廷に通ずる廊下に柵が設けられ、多数の裁判所警備員の他私服の警察官が配置される等、被告人、弁護人、傍聴人らの自由を不当に圧迫し、被告人及び弁護人らの自由な訴訟活動を妨げ、裁判公開の原則を侵害する異様な法廷警備が実施されたことの違法、不当を主張し、斯る警備を実施することを必要と認めた根拠を明らかにすることを要求したのに拘らず、裁判長裁判官栗本一夫が、右の根拠を一切明らかにせず且之に付ての被告人、弁護人らの発言を一切封ずる訴訟指揮を行い、右訴訟指揮に対する弁護人山根二郎の異議の申立を裁判官小川泉、同藤井一雄と合議のうえ決定を以て棄却したことに徴すると、右各裁判官を以て構成される裁判所に本件被告事件の公正な裁判を期待することはできず、右各裁判官が不公平な裁判をする虞が有ることは明白であるので、右弁護人らは之を理由として右各裁判官を忌避する旨申し立てたのであって、この申立は、単に訴訟を遅延させる目的のみで為されたものでないのに、同裁判所が之を、訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかな忌避の申立であるとして簡易却下したことは違法であるから、右却下決定を取り消し更に相当の裁判を求めるというに在る。

仍て先ず所論法廷警備の適否に付て案ずるに、法廷に於ける秩序の維持は、裁判長又は開廷をした一人の裁判官の権限に属し(裁判所法第七十一条第一項)、裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、法廷に於ける裁判所の職務の執行を妨げ又は不当な行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷に於ける秩序を維持するのに必要な事項を命じ又は処置を執ることができ(同条第二項、裁判所傍聴規則第一条乃至第三条、法廷等の秩序維持に関する法律第二条、第三条)、法廷に於ける秩序を維持する為め必要が有ると認める時は、警視総監等に警察官の派出を要求することができ、法廷に於ける秩序を維持する為め特に必要が有ると認める時は、開廷前に於てもその要求をすることができるのであって(裁判所法第七十一条の二第一項)、右第七十一条の法廷秩序維持権は、法廷に於ける秩序の維持に必要な限り、法廷の内外を問わず、裁判官が妨害行為を直接目撃し又は聞知し得る場所迄及び、又右法廷秩序維持権を行使し得る時間的限界(始期と終期)は、法廷の開廷中及び之に接着する前後の時間を含むものと解すべきである(昭和三十一年七月十七日最高裁判所第三小法廷判決、最刑集一〇巻七号一一二七頁以下参照。)

夫故、裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、その審理すべき事案の内容、該事案の審理経過、一般社会情勢等の具体的諸状況に鑑み、法廷に於ける秩序を維持する為め必要が有ると認める時は、その権限に属する法廷秩序維持権に基づき、入廷しようとする者が被告人、弁護人、その他の訴訟関係人若しくは所定の傍聴券を所持する者であるか否かを確め、傍聴人が危険物その他法廷に於て所持するのを相当でないと思料する物を持ち込もうとしてはいないか何うかを検査し、法廷に於て裁判所又は裁判官の職務の執行を妨げ又は不当の行状をすることを疑うに足りる顕著な事情の認められる者の入廷を予め禁止する等の目的を以て、更に進んで開廷後法廷に於ける裁判所の職務の執行を妨げ又は不当な行状をする者が有れば之に対し退廷を命じ、法廷等の秩序維持に関する法律第二条第一項に当る行為が有った時は、その場で直ちに当該行為者を拘束させる等の目的を以て、開廷前と雖も之に接着する時期に於て、法廷の内外を問わず、裁判長又は裁判官が妨害行為を直接目撃し又は聞知し得る場所に、裁判所職員たる所謂法廷警備員を配置する他、警視総監等に要求して派出を受けた制服若しくは私服の警察官を配置して、叙上の任務を遂行せしむべく待機させることができるのである。

今之を本件に就て見るに、本件被告事件に付ての当庁(第七刑事部)昭和四十五年十二月二日の第一回公判調書に依れば、本件異議申立理由書に指摘されている如く、当日開廷に際し、公判手続が施行されるべき当庁刑事第四号法廷直前の廊下に柵が設けられ、多数の裁判所職員たる所謂法廷警備員の他、少数の私服警察官が配置され、被告人及び弁護人らは右法廷警備員らに依り被告人乃至弁護人であることを確められた後入廷することができたこと、右は警察官の配置を含め凡て同裁判所裁判長裁判官栗本一夫が従来の経緯と情勢とに基づき、法廷に於ける秩序を維持する為め必要が有るとの判断に出た措置であることが窺われる。

而して、本件被告事件の第一審記録から認められる本件事案の内容及び該事案の審理経過、特に、本件異議申立人たる弁護人岡邦俊、同糖谷秀剛、同山根二郎、同栗山和也等が出頭して開廷された第二回公判期日に於いて、

(1)  右弁護人らを含む弁護人全員十七名が裁判長の執った発言禁止の措置に従わないで右禁止措置に対する抗議等の発言を続け立ち迫った為め退廷を命ぜられた事実

(2)  当日正当な理由が無く出頭を拒否し、監獄官吏に依る引致を著しく困難にした当時勾留中の本件被告人らに対する関係で、不出頭の事情を聴取した事実取調の際発言した傍聴人一名が退廷を命ぜられ、その執行に当った法廷警備員の手を振り払い腰を引く等して抵抗し退廷命令に従わずその執行を妨害した為め拘束された事実

(3)  裁判長が開廷中傍聴人らの発言を禁止したのに、「分割公判はやめろ」、「ナンセンス」等と発言した為め、傍聴人二十七名がその発言の都度退廷を命ぜられた事実

のあることからその一端が窺われる如く、本件被告事件の審理は終始喧騒を極め、控訴審に於ても、法廷に於て裁判所の職務の執行を妨げ又は不当な行状をすることを疑うに足りる顕著な事情の認められる者が入廷する虞が有り、更に開廷後法廷に於て裁判所の職務の執行を妨げ又は不当な行状をする者が有ること等も十分に察知されたこと並びに当面の一般社会情勢を勘案し且右栗本裁判長が執った叙上措置は、法廷に於ける秩序の紊乱を予防するに付ての必要最小限を出でず、同裁判長が明言せる如く、今後の状況如何に依っては之を緩和し若しくは解除することも有り得るとされているもので、被告人及び弁護人らの自由な訴訟活動を妨げ、裁判公開の原則を侵害する底のものでないことに鑑みると、右措置は裁判所法第七十一条の法廷秩序維持権の正当な限界内に於て行使されたものと認められ、之を違法、不当と目すべき理由は毫末も存しない。

次に所論忌避申立簡易却下決定の適否に付て考察するに、本件被告事件に付ての当庁(第七刑事部)昭和四十五年十二月二日の第一回公判調書に依れば、当日の公判手続の冒頭に於て、被告人、弁護人らが前叙法廷警備の違法、不当を主張し、斯る警備を実施することを必要と認めた根拠を明らかにすることを要求したのに対し、裁判長裁判官栗山一夫は、斯る警備をしなければならないことは洵に遺憾ではあるが、それは従来の経緯と情勢とに基づき、必要が有るとの判断に出たもので、已むを得ない措置である。但し、今後の状況如何に依っては之を緩和し若しくは解除することも有り得る旨述べ、爾後再三に亘り右同趣旨の遣取が繰り返された後、同裁判長は、警備問題に関する質疑応答を打ち切る旨述べて、弁護人らに控訴趣意の陳述を促したに拘らず、弁護人山根二郎は依然警備問題に付て発言を続けて控訴趣意の陳述を為さず、爾余の弁護人らと相談の後結局同裁判長の右訴訟指揮に対して異議を申し立て、右異議申立が決定を以て棄却されるや、爾余の弁護人らと共に、同裁判長及び陪席裁判官小川泉、同藤井一雄が本件異議申立理由書に指摘されている如き理由で不公平な裁判をする虞が有るとして、右各裁判官を忌避する旨申し立てたが、同裁判所は刑事訴訟法第二十四条第一項前段の規定に依り決定を以て右忌避の申立を却下した経過が認められる。

右の経過に徴すると、右栗本裁判長が被告人、弁護人らの前叙法廷警備の違法、不当の主張及び斯る警備を実施することを必要と認めた根拠を明らかにすべき旨の要求に対し、所論の如く警備実施の理由を一切明らかにせず且之に付ての被告人、弁護人らの発言を一切封ずる訴訟指揮を執ったものとは認められない許りか、抑、法廷に於ける秩序の維持は、裁判長又は開廷をした一人の裁判官の権限に属し且本件に於て同裁判長が執った前叙警備措置は客観的に見ても裁判所法第七十一条の法廷秩序維持権の正当な限界内に於て行使されたものであることは既に説明したとおりであるから、同裁判長が被告人、弁護人らの右主張及び要求に対し述べたところは、必要にして且つ十分であり、従って、同裁判長が、再三に亘り右同趣旨の遣取が繰り返された後警備問題に関する質疑応答を打ち切り、弁護人らに控訴趣意の陳述を促した訴訟指揮は適切であるというべく、同裁判長が裁判官小川泉、同藤井一雄と合議のうえ、右訴訟指揮に対する異議申立を決定を以て棄却したことは之亦相当であり、同裁判所が右異議申立棄却決定を為したことを目して、同裁判所が何等かの予断と偏見とを抱いて本件被告事件の審判に臨んでいるものと做し、右各裁判官が不公平な裁判をする虞が有ると非難するのは当らない。

斯の如く、右訴訟指揮に対する異議申立が棄却された以上は、弁護人らは、裁判長の訴訟指揮に従って、警備問題に関する主張を差し控え、直ちに控訴趣意の陳述に移らなければならないのに、依然として従前通り、前叙法廷警備の違法、不当を主張し、之に関する栗本裁判長の訴訟指揮を蒸し返して論難し、之を前提として同裁判長以下三裁判官が不公平な裁判をする虞が有るとの理由を以て右各裁判官を忌避する旨申し立てたのであるから、斯る申立は、刑事訴訟法第二十四条第一項前段にいう「訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立」に該当するものと言うの他なく、之と同旨に出て該申立を却下した原判決は適法であり、本件異議の申立は理由がない。

そこで、同法第四百二十八条、第四百二十六条第一項に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 栗田正 判事 沼尻芳孝 中村憲一郎)

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